とけちるのブログ

今までのこと、日々のこと、思うこと。

動き出す未来

こんにちは、とけちるです。

出来事って結構連鎖しませんか。

良いことも、悪いことも。

わたしのことで言えば仕事を辞めました。

もちろん生きていれば嫌なことのひとつやふたつ出てくると思いますが、今回大きなきっかけとなる出来事が年末にあって。

さすがにこの環境で働き続けることはできない。

そう思いたって昨年12月、突然わたしの転職活動は始まりました。

この出来事はまさに青天の霹靂で。

と言うのも、年末に夫の転職活動が始まるということは以前からだいたい見通しが立っていて、なのでわたしとしては完全にそのサポートにまわる気満々だったわけです。

それがなぜか同じ時期にスタートラインに立ち、それぞれが紹介会社やエージェント等を駆使して毎日求人とにらめっこして頭を抱える日々を過ごしました。

いま思えば、それも運命だったのだろうと思います。

夫に関してはあまり心配していませんでした。

夫自身は自信がなく、そんなにうまくいかないだろうと言っていました。

が、わたしの思っていた通り以上に彼の就活はうまくいき、希望していた職種で良さそうな会社に出逢い、わたしより早々に就活を終えました。

憎らしいほど早々に。

わたしですか?

はい、まだ決まっていません。

昨年12月、退職の意思を固めたのは早かったです。

あ、無理だ。そう思うほど大きな出来事だったからです。

年内は休職することになり、その間に退職願を出し、転職活動を始めました。

人生で一番長くいた職場で、人間関係も良く、とつぜん辞めることになったけど、事情を話せば皆わかってくれました。

(いま有休消化中で正確にはまだ辞めてない)

いま一件だけ最終面接まで通った会社があって、その合否待ちなんだけど。

その一件以外、書類選考落ちが5件ほど。面接落ちが一件。

たかだか数社なんですが、積み重なっていくうちにどんどん自信がなくなっていく。

でも、この最終面接までいった会社だけが、書類選考時点からわたしをたいへん評価してくださっていて。

え?あんな穴だらけの履歴書で?職務経歴書も別にたいそうなこと書いていないけど…

自信が完全に折れ切っていたのでなかなか信じられず。

一次面接でも最終面接でもなんか好評価だったらしく、うまくいってそうな気がするけど、そんなうまくいくのかなあという気持ちもあり。

なんだかずーっと夢を見てるような。

でもきっと、捨てる神あれば拾う神ありって言うし、もしかしたらもしかするのか?

うずうずして、そわそわする。

2026年まだ始まったばかりだけど、なんだかすごそうな予感がしています。

 

あ。娘ちゃんは元気ですよ。

毎月うちでお泊まりしています。

勉強嫌いでついついうるさく言ってしまいます。

嫌われ役は別にいいんだけど、いらいらしないで子供と過ごしたいのにむずかしくて。

これは母あるあるなのかー?

卒園式

お久しぶりです。

先日、娘の卒園式に行かせていただきました。

娘のこども園での姿を見るのが初めてです。

おともだちを見るのも初めて。

わたしは普段、娘と同い年の子を見る機会がなく過ごしてきたので、式に参列している年中さんを見ると、年長さんの成長具合に驚きました。

こんなにしっかりしてたんだなあと改めて。

卒園するみんなの顔がとてもいい顔で、それを見た大人も笑顔になって、なんとも幸福感で満たされた空間でした。

いままで、娘しか知らなくて、娘とわたしと夫だけの世界で。

当たり前だけど、他のみんなも、愛されて生きてきて、卒園式をみんなが迎えられたこと。

よかったなあ。ありがたいなあ。という気持ちになりました。

子持ちの人が言う「子供っていいよ」ってこういうことなんだろうなあとか思いました。

卒園式って、大人のための行事なんだなって思いました。

 

さて。最近のわたしはといいますと。

昔はただただ、こんな親でごめんねという気持ちに押しつぶされそうで、罪の意識に苛まれていました。

いまは無条件の愛情を捧げてくれているけれど、娘が大きくなり、いろんなことがわかるようになったとき。

娘はわたしのことを、自分の置かれている状況を、どう思うのだろう。親のことで子供が大変な目に遭うかもしれないということは、わたしが1番わかっているのに。という不安に悩まされておりました。

今でも、その不安は消えてはいませんが。

なんていうかな。バンジージャンプみたいな感じで。

たぶん、飛ぶのを待ってる時間が1番怖いんですよ。

思い悩むことしかできないし、とにかく考えがぐるぐるして、正解もなくて、今すぐどうこうできることでもなくて。

でも。恐らくもう言ってる間に飛ぶ瞬間は来ると思うんですよね。

それで、もう、なるようにしかならないよな。って。

とりあえず、全力で娘と向き合う。

それは、普通のお母さんとは違うやり方かもしれないけど。

全力でそのときそのときを過ごすしか、それしかできることってないよな。結局。

って最近は思ってます。

覚悟決まってきたって感じかな。

わたしのできることって普通の親からしたらちっぽけですごく限られたことかもしれないけど、でも、ごめんねって思うより、やっぱり、ありがとうって言いたいよね。

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年末、焦燥、危機感。

ご無沙汰しております、とけちるです。

みんな元気〜?

今日は近況と全然関係ないただの独り言になってしまいましたがよかったら読んでってください。

あったかくしてますか?ご飯はちゃんと食べてますか?

今日も生きててえらい。

今年生き抜いてえらい!!!!

 

なんか年末ってざわざわしませんか?

何も成せないまま、何者にも成れないまま

また1年が終わってしまう。

そんな気持ちになってしまうのです。

 

今年、そんな気持ちをすこし和らげる出来事がありました。

なんと、明日で仕事納めをしようとしています。

3月に始めた仕事、続いてます。

これは、個人的にはかなりの快挙で

結構、いやとても、嬉しい限りです。

20代最終局面に差し掛かり、念願の安定した収入。

パートなので僅かながらになりますが

乾涸びていたわたしの財政が少しずつ潤い、

それにつれてわたしは人間性を取り戻した気がします。

人としての尊厳っていうか、

生きてていいんだなって思えるようになったというか。

そう思えるようになってから見えるものって色々変わったんですが、そのひとつがSNSでした。

 

昨日トレンドで見た「SNS上で知り合った男性に精子提供をしてもらったが、男性の学歴が既知と異なったため訴訟した女性」がニュースに取り上げられてまして。

そのニュースにぶら下がる、罵詈雑言の数々。

多数が悪だと見なした人間はサンドバッグにしてもいいんでしょうか。

その女性がやったことの善悪に限らず、その女性が大多数に罵られている様子がとても怖かった。

女性がその男性との間に授かったお子さんは、いま児童福祉施設にいるそうです。

その情報は必要だったのでしょうか。

ただ単に民衆の「児童福祉施設を利用する人間は悪人だ」「児童福祉施設は不幸な子が行くところ」という認識を強めるだけだったのでは。

人それぞれに事情があります。

どこで育ったら幸せかなんて誰にもわかりません。

擁護しろというわけではないですが

でも、施設を利用する=悪いこと

みたいな認識は

【隙間に落っこちた人間は救われるべきではない】

と言われてるみたいで悲しいのです。

 

長くなったし最終的に

何が言いたいのかわからなくなった(×-×)

自分にとってはとても身近な

「児童福祉施設」という言葉なので

敏感に反応してしまいました。

 

とにかく、えーと、つまりは

SNSでも向こうにいるのは人間ってこと

忘れないでいたいですよねーって感じ

 

みんながみんなそうじゃないのは知ってるの

どの界隈でもそうだから、、、

強い言葉は目立ってしまうし

だからこそ使い方を考えて欲しいなって思いました

 

来年はもっと

みんながみんなに優しくなれる世界になるといいなあ

 

 

里親制度を利用する方向へ

こんにちは、とけちるです。

今回は、まあ一言で言うとタイトルの通りなので

そういう話は目にしたくないなあと思う方は閉じてくださいね。

 

わたしを含む周りも

(のーさんも乳児院も支援センターも)

娘が4歳になる年(満3歳クラス)になる頃

迎えに行って3人で暮らすことを目標に

今まで動いてきました

 

それは前回も話したっけ?

まあいいや、復習も兼ねて

 

それで、ずっとわたしも

認知の歪みを少しでも改善させるために

カウンセリングに通って

服薬もちゃんと指示通り毎日飲んで

嫌いな漢方も欠かさず飲んで

わたし自身がもっと満たされて

余裕のある人間にならないと

育児ができるようにはならないって思って

自分の心が頑丈になるように

折れても修復する期間が短くなるように

ずっと頑張ってきて

それでも、中々調子が安定しなくて

間に合いそうにない。という判断に至りました

 

とはいえ、娘ももうだいぶ大きくなってきて

施設暮らしだと年齢を重ねるにつれて

移動(引越し)を余儀なくされる可能性が高い。

それなら、今のうちから里親制度を利用

されてはどうか、という提案を

支援センターの方からしていただきました。

 

娘にとっても、

その方がいいと思うし

わたしは正直、その話を聞いたとき

嬉しかったんですよ。

嬉しかったというと違うかな。

あーよかった、みたいな。

 

いま、ちょっとほんとに調子が良くない時期みたいで

頑張りたいのに毎日生きるだけで精一杯で

自分のせいで娘を不幸にする(している)んだなと

ずっと考えてたので。

母親としてしっかりしなきゃいけないってプレッシャーが

仲間が加わったことで分散されたみたいな気持ちです。

 

まだ支援センターの担当の方と施設の職員さんと

わたしたち夫婦を交えた協議で合意しただけなので

こういった支援制度も当事者になるのは初めてだし

どういうスピード感で話が進んでいくのか

今は全くわからないのですが

進展があればまた記録しにきますね。

 

娘との面会の頻度も週一から変わります、たぶん。

緊急事態宣言もあって対面での面会は

そもそもできてないんですけどね、、

 

こちらの都合で振り回して

娘には申し訳ないですが

これからも周りの力に助けられながら

自分のできる限りを尽くして

娘の成長を見守っていきたいと思います。

 

追記

ここで言っている里親とは

「養育里親」のことで、

養子縁組を前提としない里親のことです。

なので娘と縁が切れるわけではなく

娘を迎えに行きたいという目標は

変わっておりません。

言葉が足らずにぎょっとさせた方には

申し訳なかったです。

 

 

まだ生きている

最近のツイートが不穏だったので大体知られていると思いますが、ここのところ調子が良くありません。

暑くもなってきたし、普通の人でも生きるのしんどいですよね。

さて、わたしが落ちていた理由ですが、色々ありますがひとつに自分の変化ですね。

これまで自分の状態を良くなることが娘のためになると信じて、自分の心身を良くすることに注力していました。

で、去年は3ヶ月だけどフルで働けたし、今年もフルではないけど自分のできる範囲で働き始めて休むことなく通えて。

ちょっとずつ、良くないときもあるけど、確実に良くなってきていました。

良い悪いの振れ幅が大きかったのも、段々その波が小さくなってきたし。

そしてわたしは気づいてしまったんですよね。

これ、寛解に近いんじゃね?と。

順調に仕事も慣れて、家事もして、寝込むことも、布団から起き上がれないこともなく、順調に物事が進めば進むほど、限界が近づいてるんだ、って感じていました。

これ以上、劇的に良くなることは無い。これ以上は、小さな良くなったり悪くなったりを繰り返していくだけで、完治しなくて、一生病気のままなんだって。

こんなに心身が良くなったのに、育児的な余裕は未だに一切ないんですよね。

で、宣言もあけて外泊進めましょうってなって。

いや無理!そんな余裕ない!→でもやらなきゃ→いや無理!を心の中で最近ずっと繰り返して、板挟みで、もうどんどんメンタルやられていって。

育児無理とか最低だ。母親無理なんだ。やめるべきだ。価値のない人間なんだ。と追い詰められていき、絶望していました。

そして今日、施設の職員さんに話をしました。

現状、面会が精一杯なこと。

わたしがメインで育児をするのは難しいこと。

泣かないって決めてたのに泣いてしまいました。

やりたいこととやらなきゃいけないこととできることが解離してるとしんどい。

できる範囲で。それでいい。って最近は諦めっていうか開き直りというか上手だったはずなのになんでもっと頑張れないんだろうって爆発してしまいました。

職員さんは「話してくれてありがとう」って言ってくれました。

宿泊を薦めることがプレッシャーになってないか心配でした、と。

「いまできることをやってくれたらいいんですよ。宿泊ができなくても、面会だけでも。娘ちゃんの成長を見守ることができるなら」

と言ってもらえて、涙し、職員さんがもらい泣きして、それ見てまた涙涙、、

わたし、母親やめなくていいんだ。てっきりもう失格になるんだと思ってたんですよね。娘も物心ついてくるし、今後面会もしない方がいいのかなって思ってたから。いいんだ、まだ娘と関係を続けていけるんだと思って、安堵してる自分がいて、あーわたし娘のことちゃんと好きなんだなってなんか安心しました。

と、いうわけで。ともかく、わたしは育児をしなきゃ!をやめました。

当面、今後の娘とのことはのーさんが主体となって動くことになります。

わたしが主体だとまたあれこれ考えすぎちゃって病むので。。

それで、Twitterも離れます。

落ち込み気味なときほど、何も手につかないし、でもざわざわするからついついSNSに手を出しがちで情報過多になってしまうので。

この育児垢は妊娠中のときから思い入れがあり、フォロワーさんもみんな好きなので、消す勇気はありませんでした😌

みなさんも、どうかがんばりすぎないで、いろいろな幸せの形があっていい世の中に、みんなが幸せに暮らせますように。わたしも程々に生きます。

希望の種

5月からフォロワーさんのお子様が続々と誕生日を迎え、自然とママ垢のTLがほっこりするこの時期が、わたしは好きです。

うちの娘も明日が誕生日。

宣言中なので会えませんがリモート面会を設けてくださいました。ありがたい限りです。

今日観た映画に「希望の種」というフレーズがありました。

「叶わなかった願いは希望の種になり、自分が諦めない限り未来の希望になり続ける」と。

コロナ禍という事もあり、色んなことを我慢して、出来ないことがたくさんあって。でもそれをマイナスで終わらせずに未来の希望にしていくことができる。コロナが流行る前の映画ですが、じんときました。

わたしは昔から「出来ないことより出来たことを褒めよう」って言葉を目にすると「出来なくて悲しかった気持ちはどこへやればいいんだろう」と思うことがありました。勿論出来たことを褒めるってこと自体はとても大事なことなんだけども。

そういう気持ちをおざなりにしないで、尚且つ前向きに思考を変換することができる、いい考え方だなと思いました。

子供のころから未来に希望を持つって苦手で、今でも早く死ぬに越したことはないって思うんですが、大事な娘がいて、会いたいと思える親友がいて、その人達とまた会いたい。だから生きてます。

そういう希望の種をあちこち散りばめて希死念慮に抵抗していけたらいいなと思いました。作文か。

2021春の現状

どうもです。

早いもんで2021年の春も終わろうとしていますね。

 

ブログでは半年間ほどだんまりを決め込んでおりましたが現状報告がてらと、ようやく腰をあげました。

Twitterに載せた報告と重なる部分がありますが、前回の投稿から順を追って説明しますと、去年夏から働き始めた職場は冬で辞めました。

理由は色々ありますが、社員を大事にしない小さな会社に縋り続ける必要はない。

と思った事が大きいです。

辞めてから燃え尽き症候群になったり焦って空回りしたりもありましたが乗り越えて2021年入ってすぐ今の会社の面接に受かり、3月に研修を終え、今月の4月から働いてます。

昔を思えば、どんどん良くなってきてる。

カウンセリングに通うようになって、励まし続けてもらった結果、自責も減りました。

でも正直なところ、まだ毎日育児をするビジョンが全く想像できません。

今後そんな未来が来るのかどうかも、今の段階ではわからないとしか言えない。

子供の成長は待ってくれない。

焦りが募ります。

でも余裕がない、出来そうにないなんて弱音を吐くこともできず。

言ってしまえばいいんでしょうけど、後ろめたさがあって言えません。

まだそんな状況です。

焦っても仕方がない。

そんなにいきなり劇的に変化するわけがない。

わかってはいるのだけど。

でも少しずつ、少しずつ良くなってきているので、進展していると信じたい。

もうちょっと書きたいことがあったんですがまとまらないので今回はこの辺で。

いつも見守ってくれてありがとうございます。

皆さんもいつもお疲れ様です。